「ツヨイコ ヨイコ」な人生

Posted by モロズミ・ダン on 25.2015 未分類 0 comments 0 trackback
今年は巨匠、小松崎茂先生の
生誕100年(2月14日)記念の年である。

2001年に86歳でお亡くなりになられたが
挿絵やプラモデルのボックスアート、絵物語などで
残された作品群は半世紀以上経った今もなお光り輝いている。
個人的にはさらに輝きを増しているのではないかと確信している。

そのメカニカルアートの原点として
太平洋戦争中に手掛けられた国防雑誌「機械化」
への取り組みは
昨年、当ブログでも紹介させていただいた。

「機械化」は少年~青年向けの啓蒙雑誌であったが
戦時中に同じような主旨で発行さ幼年向けの絵本があっことは
今となっては世代的に記憶にある人も数少なくなってしまったことだろう。

今日は駄玩具から離れて
小松崎先生のもうひとつの原点をみてみたいと思う。

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「ツヨイコ ヨイコ」3月号 表紙  昭和19年発行 小学館 より
小松崎茂

「来いよ 来いよっ」
ではない。
「強い子 良い子」のカナ表示である。

当時の文書は横書きが定着しておらず
ほとんどが縦書きで右から左が主流であった。
そのため横帯のスペースに配すると
縦書きの法則に従って右から左へ
1文字ずつ改行しているため
結果として右からの横書きのようなことに
なってしまった(・・・だったと思う)

サブタイトルの
「ウチテシ ヤマム」は
「撃ち(討ち)-てし-止まん」で
敵を撃ち滅ぼすまで倒れるな の意。
陸軍が掲げた戦意高揚のスローガンで
当時この標語を掲げたポスターが大量に配布された。

この絵本
小松崎先生が全面的に作画を担当されている。

従来のタッチより柔らかいのは幼年向を意識してのこと
だろう。

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「ツヨイコ ヨイコ」3月号    昭和19年発行 小学館 より
小松崎茂

いきなり迫力ある航空兵の雄姿から始まるが
このタッチ見ると作画者名を見なくても巨匠の作品とわかる。

陸軍航空本部検閲済とある。

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「ツヨイコ ヨイコ」3月号    昭和19年発行 小学館  より
小松崎茂

幼年向と言っても
手抜きは一切ない
迫力の構図が展開されている。

「やがて僕らも荒鷲だ」
と幼年者へも徹底した戦意高揚を促しているが
子供を愛し、戦後は反戦・平和を訴え続けた小松崎先生の心境は
複雑だったに違いない。

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「ツヨイコ ヨイコ」3月号 裏表紙  昭和19年発行 小学館 より

参考までに
裏表紙は一転
かわいらしいキャラクターが登場。
作画者の表記がないが
画風からして「クルミちゃん」などを手掛けた松本かつぢ先生
ではないかと推測する。

「この雑誌をお友達にも貸してあげましょう」
の一文から当時の貧しさがうかがえる。
書籍を買える余裕のある家庭は
数少なかったに違いない。


小松崎先生は
この「ツヨイコ ヨイコ」と同時期に
「機械化」において兵器構成・作画という大きな仕事
をベースにしていた。
「機械化」で発表された作品は
戦意高揚のための一環として位置付けられていたものだが
今ではその機能美・造形美や溢れ出る発想力に一度触れると
誰もが虜になってしまう(男子限定)
とてつもない魅力・パワーがあるのだ。

戦後
GHQにより「機械化」とその関連資料は焼却処分され
今では現存するものは極めて貴重なものになった。
でも
どうしても当時のオリジナルで見てみたいとの思いで
これまでなんとか5冊集めることができた。

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「機械化」 各誌表紙  昭和17年~19年発行 山海堂出版部 より

表紙は
すべてではなかったが
小松崎先生も多数担当された。

何カ所か中身もピックアップしてみよう。

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「機械化」  昭和19年4月発行 山海堂出版部 より
小松崎茂

「空中トーチカ」と題した
小松崎先生の新兵器アイデアだ。

このような綴じ込みのカラーピンナップは
毎号目玉企画として注目を浴びていたことだろう。

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「機械化」  昭和17年7月発行 山海堂出版部 より
小松崎茂

「未来兵器 爆弾ロケット」
ものすごい迫真性を感じる作品だ。
ゴォーという
音まで聞こえてくる恐さと迫力を感じるのは
私だけではないはずだ。

裏面では図解があり
すぐにでも実現可能ではないのか
とも思わせる詳細さがある。


久々に更新した今回に
しんみりとした話をして恐縮だが

実は
昨年11月末
86歳の父が脳梗塞で倒れてしまった。
発症後しばらくは意識の有無を繰り返し
安定しない日々が続いていた。

父の人生は波乱に満ちたものであった。

15歳の時
両親に逆らって少年航空兵を志願した。
まさに
「やがて僕らも荒鷲だ」を忠実に実行する
「ツヨイコ ヨイコ」の精神を漲らせていたのだろう。

海軍少年航空兵として入隊後
北方の千島に配属され
夜間戦闘機「月光」の搭乗員となるも
終戦直前のソ連の侵攻で捕虜になり
シベリアに抑留された。

過酷な強制労働と思想教育を身に受け
戦後2年経ってやっと日本に帰ることができたのだ。

私が幼少の頃は
その話を何回も話してくれた。
私は「もう何十回も聞いたよっ」
と食傷気味に文句を言ったものだが
内心はとても気になる貴重な話と感じ
少しずつ感化されていた。
なので
月光のプラモデルも
メーカー違いである理由で何個も買った。
父の雄姿をコクピットにダブらせて。

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「夜間戦闘機 月光」 ウイングクラブコレクション(バンダイ)1/144のキットを作成

近年になって
「機械化」を集めようと思ったのも
ここのところ元気のなかった父に
この雑誌をもとに
また揚々と語ってもらいたい
と思っていたのだ。

もう少し集めてから
いちどにドサッと
目の前に置いて驚かせてやろうと
もくろんでいたのだが
突然、重篤となってその機会を失った。

年の瀬に
まだ十分集めきれてないが
数冊の「機械化」を病床に持ち込み
意識のない父の目の前に強引に差し出してみた。
この号自体を実際読んでいたのかはわからないが
「親父!機械化だよ。戦闘機の整備兵の特集も載ってるぞ」
と呼びかけた。

すると
それまで目を閉じていて反応がほとんどなかったのだが
その呼びかけに
目が半分開き
内容が確認できたのか
ちゃんとした言葉になっていないが
一生懸命話そうとしてるではないか。

その一生懸命さは子供の頃聞かされたあの時と
イメージが重なった。

うれしくて、うれしくて
思わず目頭が熱くなったが
平静を装ったまま話を聞いてあげたくて
涙を必死にこらえた。

発症から2カ月経った父は今
梗塞の範囲が脳全体に及び
さらに深刻なものとなった。
もう「機械化」をかざしても反応はしてくれない。

見た目は眠っているように穏やかだが
体の中では病という強敵に対し
最期の力を振り絞って闘いを挑んでいることだろう。

なぜなら
ツヨイコ ヨイコは
絶対にあきらめない不屈の精神の人だからだ。







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2015年お知らせ

Posted by モロズミ・ダン on 02.2015 未分類 4 comments 0 trackback
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