戦争が残したもの

Posted by モロズミ・ダン on 13.2012 ブーム・流行 0 comments 0 trackback
8月15日は67回目の太平洋戦争・終戦の日。

小学生になった昭和40年は
徐々に経済も高度成長の兆しが見え始め活気づいてきた頃・・・
戦後20年の月日と上向きの景気が後押しとなって
デリケートな問題だった戦争回顧の表現も
次第に開かれていった時期に入ったのではないかと思います。
映画やTV、雑誌などメディアにおいても
戦争関連の企画物が多く見られるようになりました。

それに反映して子供の世界でも戦争・戦記ブームが到来。
週刊漫画各誌でも頻繁に特集が組まれ、男の子だったらみんな
戦闘機や軍艦のメカニック解説をボロボロになるまで読み込んだり
ゼロ戦や戦艦大和のプラモに熱中し出来栄えを自慢しあったりと
そのブームにがっつりハマってました。

戦争は絶対いけない事
と学校や親から厳しく教育されていた世代だったので
しっかり反戦意識を持ちつつも色々複雑な想いが交錯するなか
戦争が残したものと向き合ってました。



昭和39年・40年頃の週刊漫画雑誌の表紙

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週刊漫画雑誌に掲載されたゼロ戦と雷電のメカニック図解

戦争・戦記物やゼロ戦などのメカニックの図解は反響も大きく
売上が確実に取れたのでしょう、
当時は少年誌でも特集が組まれる頻度が高かったようです。

しかしながらこのような企画は、10年後には激減していました。

悲惨極まりなかった太平洋戦争
このブームは、戦争のうわ澄みのきれいな部分
言い換えればカッコいい部分のみに
耽溺していった感が否めませんでした。
その下に深々と積み重なる凄絶で残虐だった本質には
直接触れず、置き去りにされていたようにも感じられます。

それを考えるとブームで終わることは必然だったのでしょう。
これからもこの本質が忘れられないようにと願っています。


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同じ時期の月刊漫画雑誌のふろく

「少年」や「冒険王」「日の丸」などのふろくにも戦争物が多く企画されました。

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緑商会と大滝製作所の当時のプラモデル広告

男の子ならだれでも一度は作っていたゼロ戦プラモデル。
小学校低学年の時は
作り方説明書の読みこなしと
接着剤の扱いに悪戦苦闘していました。

前置きがかなり長くなってしまいましたが
毎回こだわっている箱ものをアップ・・・

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0戦はやとかるた    小出信宏社

小出のかるたは小学校前の文房具店などで売られていて
価格は180円位と高くてなかなか買えませんでした。

作者は後にタイガーマスクを描いた辻なおき先生。
週刊少年キング創刊号からの作品で
昭和30年代後半にテレビアニメ化(白黒)もされました。
再放送時は毎回欠かさず見ていた記憶があります。

テレビは一家に1台の時代・・・
昔は親が欠かさず観ている番組があると
逆らうことできず涙をのんだことがしばしばありました。
家庭内チャンネル戦争の勃発です。
もちろんビデオもまだない時代で
敗戦国(おもに子供)は再放送ではなんとか観られるよう
願うしかなかったのです。

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昭和39年・40年頃の週刊漫画雑誌の表紙

0戦はやと以外にも戦記漫画が続々と登場。
写真中央はロボットリキちゃん(貝塚ひろし先生 石井いさみ先生)
写真右は大空のちかい(九里一平先生)
他にも紫電改のタカやゼロ戦レッド、荒鷲少年隊など
人気作品がたくさんありました。

その後、戦記ブームが下火になるのに合わせて
戦記漫画もほとんど見かけなくなりました。


箱ものに戻ります


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ゼロ戦ガム   古谷製菓㈱

戦争物は駄菓子屋お菓子の領域まで広がっていました。

階級章がもれなく付いてくるので、おまけの魅力に負けて
当時の子供はついつい買ってしまったことでしょう。

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世界の戦闘機と戦艦シリーズ  戦闘機は¥10売りと格安

もちろん駄玩具にもこのブームは押し寄せていました。

吊り下げ台紙に張り付けられたミニサイズの簡易プラモは、
金型精度がよくなかったのか、勘合もぴったり合わず
バリやヒケも多くて組み立ても苦労した印象がありました。

でも、有名メーカー物のプラモデルの価格が
100円~300円が主流だった時代に10円~30円位で買えたので
金欠病に冒されていた子供達にとっては
ありがたい貴重なアイテムとして根強い人気がありました。









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